日系脱北女性に日本国籍。東京家裁の「英断」は日系人救済の前例となるか

北朝鮮に生まれ、後に脱北した30代の日系人女性について、東京家裁が「日本人の娘であり、日本国籍者である」と認定し、戸籍登録許可の決定していたことが分かりました。血統主義に基づく判断とみられますが、これまでの国籍認定の常識をひっくり返すような異例中の異例の措置です。これは将来、現状では日本国籍を取ることが難しい日系人たちを救済する「前例」になるかも知れません。どういうことか詳しく見ていきましょう。

目次
  1. 報道内容のおさらい
  2. 母系だからか、父系もなのか
  3. アメリカ大陸の日系人
  4. 東南アジアの日系人
  5. 日本は彼らに門戸を開くべきか

◼️報道内容のおさらい

日系脱北女性を日本国籍者であると認めた東京家裁の判断については、共同通信が以下のように伝えています。

東京家裁は27日までに、北朝鮮で生まれ脱北した30代の女性を日本人の娘と判断、日本国籍があると認め、日本の戸籍への登録を許可する決定をした。戦後北朝鮮に渡った日本人妻の孫に当たるが、血縁関係を証明する書類はなく、家裁は女性の供述をもとに審査。「具体的で、他の親族の供述とも整合する」とし、日本人女性との親子関係を認定した。

脱北者は「邦人の娘」、家裁判断 現地生まれに戸籍登録を許可 | 共同通信

これがどれくらい珍しいことなのか、共同通信は続けています。

日本につながりがある脱北者が日本に定住する際、法務局への「帰化申請」手続きで日本国籍を得るのでなく親子関係の立証をして戸籍登録許可を受けるのは異例。専門家は「初めてではないか」(脱北者を支援する北朝鮮難民救援基金の加藤博理事長)とみる。

刮目すべきなのは「親子関係の立証をしたことで、戸籍登録が許可された」という点でしょう。この女性は祖母が日本人妻として北朝鮮に渡っている日系3世ですから、少なくとも祖父の1人は朝鮮出身ということになります。つまり外国とのミックスであっても、日本人の血を引いていることを証明できれば、血統主義に基づいて日本国籍と認められる判断が示されたのです。これは本当に画期的なことです。

◼️母系だからか、父系もなのか

ここで一つ気になるのは、彼女が日本国籍者と認められたのは、日本の血統を母系に引いていたからなのか、それとも父系であっても同じ判断だったのか、ということです。 

例えば、未婚の日本人と外国人の間に子供が生まれた場合、その母親が日本人ならば、子供は無条件で日本国籍者になれます。しかし父親が日本人の場合には「認知」の手続きが必要になります。母系のつながりは、父系に比べて親子関係の証明が簡単なためです。

それを考慮した上で、今回の報道をもう一度確認してみましょう。東京家裁の理屈は「日本人の血筋である」ということのみを明らかに重視しており、母系・父系のどちらであるかは無関係であるように読めます。血縁関係の証明は供述ベースであり、父系のつながりをDNA鑑定で示したケースよりも、客観証拠としてはかなり弱いでしょう。

つまり語弊を恐れずに言えば、東京家裁は今回、「母系であろうが父系であろうが、血統的に日本人の子や孫であれば、日本国籍者であり得る」という前例をつくったのです。

◼️アメリカ大陸の日系人

血統的に日本人の子や孫である存在としてメジャーなのは、アメリカ大陸にいる日系移民でしょう。彼らは1990年の入管法改定で、3世までなら日本人の血統を根拠に「定住者」の資格を得られるようになりました。好きな仕事に就ける自由度の高い在留資格ですが、彼らはあくまでも外国人です。

ですが、東京家裁の措置は、日本人を親や祖父母に持つ日系ブラジル人、ペルー人やアメリカ人にもそのまま適用できてしまいます。理屈の上では、彼らは日本人の血を受け継ぐことを証明さえすれば、日本国籍を取得できることになるのです。

◼️東南アジアの日系人

もう一つ、日本人の血統をもつ存在として思い浮かんだのが、フィリピンなど東南アジアにいる日系人です。その多くは日本に出稼ぎにきた女性と日本人男性の間にできた子供です。現状では、日本人の父親が認知などの適正な手続きを取らない限り、その子どもは日本国籍を取得することは出来ません。日本人の母とフィリピン人の父を持つ子供が、出生と同時に日本国籍となるのに比べると、いささか不憫に思えます。

そんな彼らにとっても、東京家裁の判断は朗報です。たとえ父親が認知してくれなくても、自分に日本人の血が流れていることを裁判所に証明すれば良いのです。これはDNA鑑定などで十分でしょう。

◼️日本は彼らに門戸を開くべきか

ここまで見てきた通り、東京家裁が脱北女性に適用した理屈を通せば、潜在的日本国籍者は世界中に大勢いることになります。たとえば日系ブラジル人だけでも160万人いると言われています。

介護現場などの深刻な人手不足によって、外国人材受け入れ待った無しの日本ですが、日本の血統を持つ彼らを、日本国籍者として受け入れれば、少なくとも労働力不足の問題は解消できるのではないでしょうか。受け入れ体制の課題は残りますが、日系人のほうが一般の外国人より文化的な摩擦は少ないかも知れません。

もちろん、実際の制度運用が私が述べたような理屈の通りにいくとは思いません。それでも、日本の抱える社会問題に一つの解決のヒントを与えたという意味で、東京家裁の判断は「英断」と評価していいと思います。